親方と検品の神

~ 大阪の某書店で丁稚奉公していた時のお話~

12、3年前のある非常に短い期間、ビジュアル系音楽雑誌とジャニーズ系アイドル雑誌の一大ブームがありました。とにかく、人気のミュージシャンや、スマップ、KinKi Kidsなどのジャニーズ系アイドルの載った雑誌のバックナンバーが高値で飛ぶように売れるのです。それで、とにかく、その当時全盛だった金曜クラブという市場に行って、丁稚ドンはそういう雑誌をバンバン買うわけです。当然、その手のモノは、女心と鋏、のせいで切り抜きが多いわけですが、それを検品する作業が大変でした。器用に、自分のファンの誰々、の部分だけ切り抜いている場合もあるので、1ページ1ページ丁寧に見てゆかなくてはなりません。くる日もくる日も(捲る日も捲る日も?)明星やフールズメイト、ショックス、等の雑誌を検品しました。アイドルやビジュアル系に何の興味も有りませんでしたが、ラルクやグレイ、のことは、その辺の女子高生よりも詳しかったかもしれません。検品作業は退屈なものですから、ページを捲りながらちょこちょこ彼らの、音楽的な主張?なんかを読んで、まあ、別に感心すると云う程のことはありませんでしたけれど(失礼)。

とにかく、売れて売れてしょうがない、と云う状態でした。後にも先にもそんな商売の経験はありません。そして、根が調子乗りの丁稚ドン、売れて売れてが調子に乗って、とうとうある日の市場で、一度に130万円分の雑誌を落札する、という、今から考えれば背筋が凍付く事態に陥りました。なんだ、130万円くらい、と思われるかもしれませんが、幾ら売れるといっても、所詮は流行モノの雑誌に過ぎないわけですから、その当時でも、その金額と量は破格の出来事だったのです。これは、さすがに親方に叱られるのではないかと、思いましたが、ホイホイ、入札してたら落ちてきたんだから、しょうがないじゃない?幸いにも、わが師は、胆の座った、心の大きな人ですので、責任を持って仕事をするように、と云われただけですみましたが、内心は、どうだったのでしょう?今でもよく一緒に飲みますが、その時の心境は、怖くて尋ねたことはありません。

とにかく、その翌日から、頭を丸めて検品の鬼です。少しでも早くお店の売り上げに反映させなくては生きた心地がしません。「ゲームセンター嵐」という漫画の、炎のコマ、と云う技をご存知でしょうか?知りませんよね。まあ、そんな勢いで検品していきました。すると、ある瞬間から、検品の神が、降りて来たのです。部分切り抜きは判断できませんが、ページごと、1ページでも切り取っているものに関しては、本を触っただけで落丁の有無が判るようになったのです。この号の厚さはこのくらい、というのが、まあ、数をこなしたといのもあるとは思いますが、異常なまでに高まった集中力によって手の記憶で判るようになったのです。すごいじゃないか、これは。一人で、感激しました。早速親方に報告しようかと思いましたが、130万円も使って降りて来た検品の神を、果たして親方が喜ぶかどうか自信がありませんでしたので、やめにしました。どっちみち、判っても、一応念のため1ページ1ページ確認するので、作業スピードにさほど違いはありませんしね。

検品のエピソードをと思って書きましたが、ハチャメチャな店員を、独立して一人前に商売が出来るまでに育てていただいた親方のことを思うと、何だかしんみりした気分になってきました。改めて、感謝です。


本を拭かない本屋もあった、ような。

 古本をきれいに拭く、という作業が、どの古本屋にとってもごく当たり前の事となったのはそう古い話ではないような気がします。もちろん、文学の初版本や限定本、特別な美術書などは本の状態の良し悪しを含めてその価値が問われるという事はあったでしょうし、本のクリーニングに気を使っていたお店は沢山あったでしょうが、普通の、街の古本屋では、まあ、読めればそれだけで十分に商品としての価値がある、と云う態度で、本を扱っていたお店も数多くあったように思われます。お客様から買ったそのままの状態で(ま、多少埃くらいは払うでしょうが)、お店に並べる。手間は、かけない。それでも、本は売れていたのだと思います。現在のように、多少神経質とも思える程本の状態にこだわり、クーリーニングに神経を尖らすようになったのは、やはり、大手の新古書店が全国にチェーン展開し始めた事と無関係ではないように思います。あと、ネット通販の影響も、あるかと。僕がこの業界に足を突っ込み始めた頃はまだ、お客様も、お店も、今ほど神経質ではない方が多くおられたような気がします。古本は古本だからね、てな、軽いのりがあったような気がするのです。薄暗い古本屋に、山積みになった、汚い本、という古~い古本屋のイメージを街で見かけなるにつれ、古本の値段が全国均一になっていったような気がします。明るい売り場(ネットも含めて)、清潔な商品、というのは、昔からの、ヘビーな古本好きには物足りないかもしれません。もっと埃を!

ちなみに、僕が勤めていた横浜のお店では、徹底的に本拭きをやらされました。高額な本も、百円均一の本も、区別なく拭き吹き。夢の中でも、本を拭いていたくらいです。今の怠け癖は、あの時本を拭き過ぎたからだと、自分に云い聞かせて、今日もぼんやり過ごしています。

追伸

どんなに沢山本を拭いたとしても、ちょっとくらいここに、何か書く時間は皆さんお持ちではないかと思うのですが?寂しい限りです。ねえ、


古本屋、以前。

 古本屋でアルバイトを始める前は、流れの、パチンコ店店員でした。当時のパチンコ店は今と違って、住所不定の偽名でも、その日から働けて、住めて、メシが 喰えて、とりあえず一週間働けば前借りが出来る、世のつまはじき者にとっては砂漠のオアシスのような場所でした。ヤクザと変わらんようなおっさんや、会社 を潰して逃げている競艇好きの社長、駆け落ちした不倫中年のカップル?などなど、得体の知れない脱落者の巣窟。僕も、2年程、関東各地をふらふらとしていたの ですが、最後に流れ着いたのが、横浜の、寿町というドヤの入り口にあるパチンコ店でした。いずこも同じ、というか、その店は、場所が場所でしたので、今ま で世話になったどのパチンコ店よりもガラが悪かったように思います。喧嘩や置き引きは日常茶飯事。ひとたび何か事が起これば、店員(上の人からは兵隊とよ ばれていましたが)は、善悪の如何に関わらず店側の人間に加勢する、という厳しいルールがありました。そんなちょっと荒くれた世界でしたから、僕のような腰の引けた人間は、本来 ならつま弾きにされ相手にされないのですが、なぜだか、大学出の兄ちゃんが、道を間違ってフラフラしている、この世界では珍しいインテリ君(笑)として、 主任や班長から可愛がられていたので、乱暴なことは乱暴な方々に任せて、ひ弱な僕は喧嘩などに参戦することはあり ませんでしたが、今から思えば随分とスリリングな毎日だったような気がします。。特に可愛がってくれたのが豪家班長という、ニグロヘ ヤーの、ごつい体をした、仙台出身のおじさんでした。見た目は、ヤクザそのものという感じでしたが、なんか、わけの分からん、夢のようなことばかり口走る インテリ君をことのほか可愛がってくれて、生意気にも、何かの拍子に口論になっても、決して殴ったりすることはありませんでした(ただし、グーで)。ある日、その班長と早番明けに飲みにいったのですが、案の定、二人ともベロベロになり、深夜の伊勢佐木町で大口論。その時なにを話していたのかは憶えていませんが、若い僕はひたすらわけの分からんことをマシンガンのごとくわめき散らしていたと思います。と、突然、豪家班長が**と大声で僕の名前を叫びました。お前は一体どうしたいねん(また、関西弁ではありませんでしたが)。殴られる、と一瞬思いましたが、違いました。すくと仁王立ち、黒いサングラスを道路に叩き付けると、なぜだか車道に向かってダイブ、ゴン、と鈍い音がしました。なにがなにやら判りませんが、とにかく、車に轢かれないようにと豪家班長を抱きかかえると、顔は血まみれ、擦り傷だらけ、大丈夫ですかと聞くと、大丈夫、お前がうるさくてしょうがないから、泳いで帰ろ思てんけどな、という答え。なるほどそうでしたか。申し訳ないような、馬鹿馬鹿しいような、とにかく、打ち身と擦り傷でよれよれになった班長を店の寮まで引きずって帰る道の長かったこと。その時です。もう、こんな浮き草暮らしはやめよう、と心の底から思ったのは。それで、ちょうど、よく本を買いにいっていた古本屋にアルバイト募集の張り紙がしてあったのを思い出し、


のどかな時代の

~ 横浜の古本屋で働いていた時の話~

大きな古本屋の漫画コーナーを担当していたのですが、月に一度、横浜から出発して、戸塚、藤沢、茅ヶ崎、平塚~いわゆる湘南地方へと巡ってゆくセドリの日がとても楽しみでした。社員の先輩が、S資金と称する封筒に入ったお金(幾らくらい入ってたのかなあ)をお店から預かり、僕が、ボロい軽のバンを運転して出発。まだインターネットなんて便利なモノはありませんでしたので、電話帳や、人の記憶をたよりに、海沿いの街の古本屋を一日かけて巡ってゆくのです。新書版の絶版漫画が高値でどんどん売れていた時代、中野のまんだらけで勉強した値段を参考に、海の街の本棚からどんどん漫画を抜いてゆくのです。今思えば、ずいぶんと乱暴な、態度のデカイ商売だったなあと、恥ずかしくなりますが、その当時は、そうやって棚ごと買う勢いの商いができる自分を、ちょっとした***(恥ずかしくて云えない)くらいに思っていた、ような、気がします。まあ、絶版漫画バブルにのっかっていたからできたことですし、田舎の、おじさんおばさんのお店では、売れりゃあ何でもいいってな感じでしたから。最近の市場で、その時セドっていたような漫画の束が、全く値段にならないのを見て、一体、あの騒ぎはなんだったんだろうと、あきれる思いです。様々なプチ・バブルを繰り返しながら、古本屋は何所へ転がってゆくのか?その行き先がだんだん見えにくくなっていく今日この頃、のどかな時代の古本屋を懐かしく思い出します。