「萬巻 28号」 発行されました

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合同古書目録「萬巻28号」が発行されました。

カラー写真版44ページ、モノクロ写真版7ページ、本文16ページと
各店選りすぐりの古書を掲載した充実の内容となっております。

また、天神さんを舞台にした時代小説『銀二貫』の作者、
髙田郁さんの書き下ろし巻頭文も掲載されています。

目録参加店は、以下の15店です。

「天神さんの古本まつり」「合同目録 萬巻28号」共に参加の書店
・キトラ文庫  ・厚生書店  ・書砦梁山泊(大阪店)  ・古書キリコ
・杉本梁江堂(天神橋店)  ・汎書店  ・モズブックス  ・駱駝堂
・矢野書房  ・矢野書房(天満橋店)

「合同目録 萬巻28号」のみ参加の書店
・唯書房  書苑よしむら  ・ハナ書房  ・moderna  ・悠南書房

毎回お送りさせて頂いているお客様には、今週末以降、順次お届けの予定です。
ご希望のお客様は、お近くの上記参加各店にお問い合わせください。(残部僅少)

抽選日は、十月六日(月)となっております。
ご高覧いただきまして、一点でも多くのご注文をお待ちしております。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

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(リレー連載)キトラ文庫

小説に還る   キトラ文庫(安田 有)

この数年間に発行された小説(単行本)を70冊ばかり業者の市会(市場)に出品した。

最新刊、また去年発行の本も20冊ほどある。作家は三浦しをん、湊かなえ、宮部みゆき、角田光代、桐野夏生等々。

札が一枚も入らなかった。少しは予想していたことである。ちょうど100冊に足して次週の市会に出品した。それでも落札とはならなかった。千円(1冊10円)にも届かないということである。友人の本が大半であったので、廃棄するにしのびず、段ボール一箱分(入らない分は廃棄)を宅配便にして店に送り返した。

後日、店の100円均一台に並べた。三分の一くらいは売れた。

どの著者も評判高い作家の部類に入る人だろう。しかし、わたし自身、数年ほど前に宮部や桐野の作品を2、3冊読んだ切である。そこで少しは友人所有の本を読んでみることにした。

初めて高村薫の本を読んだ。『太陽を曳く馬』上下。(つづく)

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(リレー連載)古書キリコ

棚卸し[たなおろし]

売れない本を倉庫に引っ込めて、あたかも品が回転しているように客に示す方法。毎日か、または日を決めて少しずつ棚の本を動かさないと、客が見飽きて、この店は売れない店だときめてかかられると客の購買感が低下するのを防止するために必要な行為。
(「古書キリコ通信」第2号 「古本屋業界用語辞典」より)

かなりむかし、開店後間もなくして刊行したミニコミ誌での一節である。冗談交じりに始まったこのミニコミ誌は少部数であったにもかかわらず好評を博した。特に書き手の一人であったH氏は客の立場から古本屋の生態を観察することに長けていたようだ。たとえば次の項目。

隠れる[かくれる]

競取師やイヤな客が来ると主人は妻や従業員に店をあずけて、その場を退散する意。主人の心の配慮を意味する。

また次の項目。

ゴウダツ[ごうだつ]

漢字で「強奪」と書く。古本屋で店主が本の品定めしているときに顧客が値の着いていない品を、「ソレ、いくらだ」と、その場で買う場合をいう。これは、店主が無防備な状態を客がつかさず買手という立場を利用して責める手だ。店主は知り合いの客に無茶な値も言えないし、その場の即対応、ふいをくらった状態だ。よくインドネシアの漁民がするダイナマイト漁法に似たものだ。この漁法は魚がいそうな場所を狙ってダイナマイトに火を付け投げる。それをくらった魚は強烈な爆音に失神し海面に浮き上がる。(以下略)

なんとも凄まじい話だ。しかしこれは古本屋にとっては日常茶飯事にすぎない。後でふりかえってみて、それが通過儀礼のようなものであったことに気づくのだ。だからなおさら慎重にお客と接しなくてはならない、そう自分に言い聞かせてはきたのだが・・・。

こんなことを言いだしたのは、そろそろこの業界から足を洗いたいと思った矢先、店が立ち退きになり移転の話が飛び込んできたからで、だれかが耳もとでささやく声が聞こえたような気がしたからだ。そのだれかとは?と問い質したとき、長年のお客の顔が見えてきた。そのひとつひとつは私を遠巻きにしておもむろに近づいてきてはこうささやくのだ。
「またお店に行きますよ」
「久しぶりですね、キリコさん、三年ぶりかな」
「下鴨で会うなんて! お店、がんばってください」
「暑くなりましたね、まずはビールでも」
「この店、冷房ないの?」
「冬はちょっと寒すぎるね。早くエアコンつけなさい」
「お金ができたらまたどこかで一杯やりましょう」等々。
そんなわけで廃業はおろか、店を継続することになった当店。一握りにすぎぬと思っていたところ、意外とお客、もしくはファンが多いことに気づいた。そのなかには困った人も多いが、歳月を経れば、それがその人の個性となり、ないとさびしい癖のようにも思えるようになった。「ゴウダツ」で失神するのはゴメンだが、当店、苦手な客が来てもこれからは「隠れる」ことなどしないつもりだ。約束はできないが、隠れるにはせますぎるし、かばってくれる妻や従業員もいまはいないからだ。

因みにミニコミ誌「古書キリコ通信」は創刊号が1996年、第2号がその翌々年に発行された。原版は、勤務時間が終わってから人目をはばかるようにしてH氏が職場のパソコンで作り、それを私が印刷屋に持っていって、出来上がったものを店で配った。H氏は当時を回想し、ひやひやドキドキものだった、バレレバお縄ものだからね、とよく私にこぼしたものだ。H氏の努力なくして、このミニコミ誌は生まれなかった、と言っていい。

ところで当のH氏だが、このところ音沙汰ないが、実はすぐ近くにいる。たまたま店が彼の通う職場の近くに移転したからだが、私はまだこの朗報?を彼に伝えていない。でも、もうそろそろ、とも思っている。最近流行りのサプライズも一興かなと、ひとりひそかにその日のことを想像しては仕事の手を止め笑いをこらえている。

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(リレー連載)モズブックス

いま古書業界で旬なのは、何といっても中国モノです。中国の絵画、書、陶磁器、工芸品などに関する書物は、中国バブルの崩壊がさかんに噂されながらも、どんどん新値を更新しているような印象があります。中国モノに対する評価や人気が日本で急速に高まったというよりは、中国人のバイヤーが本国の富裕層のためにチャイナマネーで買い付けているだけの話ではありますが、古書市場に及ぼしている相場の影響は甚だしく、この何年かではっきり現れています。

新しいところで一例を挙げると、学研から昭和49年に出た『宋瓷名品図録』の4 冊セット。私が古書業界に入った7年くらい前だと、売値で12万~15万円くらいだったでしょうか。なので、市場では10万もせずに落札できたと思います。それがいまは「日本の古本屋」を見ても、最低35万円からという水準に跳ね上がっています。当店は、もともと骨董や陶磁器といった古美術関連の本を集めるところからはじめたのですが、4年前くらいから『宋瓷名品図録』や『明瓷名品図録』が市場に出ても、まったく落札できなくなりました。新値を追いかけるだけの資金もないので、高騰するのを指をくわえて眺めるだけになっています…。

戦前の中国モノだと、コロタイプの写真版で、中国美術を掲載した大判の図録が人気です。いろいろありますが、『唐宋元明名画大観』とか『石涛名画譜』とか、ここ3~4年くらいの短いスパンで見ても凄まじい値上がりです。この2冊は4 年くらい前、お客様からの買い取りで当店に入ってきたことがあります。その頃から決して安い本ではありませんでしたが、いまはその時に当店が売った値段の3倍以上には値上がりしています。先日、京都で開催された大市に、この手のコロタイプ図録が出品されていましたが、私の想像力をはるかに超える価格で落札され、会場にも小さなどよめきが起きていました。

古典籍の中国モノ、すなわち唐本になると、芥子園画伝のような図譜だろうが、青銅器の図譜だろうが、印譜や墨譜だろうが、古拓本だろうが、経典だろうが、 何でもかんでも高くなってます。宋版や明版になると、大阪市内にちょっとしたマンションが買えるような値段になるものも出てきます。先日、神田の一誠堂書店さんが、宋版の漢詩選集『唐人絶句』を4億6千万円で売り出したことが大きなニュースになりました。ウチのような零細店にはまったく縁のない話ですが…。

そんなわけで、古書業界ではしばらく前から「中国モノでないと金にならない」という嘆息混じりの声が聞こえてくるほどですが、中国経済の状況とにらめっこしながらの売買は、資金が潤沢にある店でないと、なかなか難しいように思います。当店がまた中国工芸品のコロタイプ画集や、学研の『故宮清瓷図録』を扱え るようになる日は来るのでしょうか? 中国モノの高騰が古書業界の斜陽化を下支えしているような面もあるので、中国経済にはがんばってほしいところです が、いまのような『宋瓷名品図録』が35万円とかいう相場は、長くは続かないような気もいたします。

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